Just One!

 ところが、この木魚庵というのが、お盆の十六日に宴会なぞするにはもってこいの、いたって風変わりな料亭なんで、当時の江戸名物帳を見ましても、そのもようがちゃんと記載されてありますが、河岸にのぞんだ横町にはいっていくと、まずお寺の山門になぞらえた大玄関の入り口が人の目をそばだてるのです、むろんのこと、そこには小さいながらも鐘楼があって、給仕は全部女気ぬきの十二、三くらいな小坊主ばかり。料理、器物、いっさいがっさいがまたお寺にちなんだ抹香臭いものばかりなんでしたが、しかし酒は般若湯と称して飲むことを許され、しかもその日の会費はしみったれな割り勘なぞではなく、全部お番所のお手もと金から出ることになっていたものでしたから、右門たちが行ったときは非番の者の残らずが全部もう席について、あちらにもこちらにもめいめいが、めいめい同気相求むる者たちとひざをつらねながら、すでに酒三行に及んでいるさいちゅうでした。

 ところでハリイ男爵は、拍子の感じを――ワルツの拍子と、マアチの拍子と、快活と誇りと幸福とリズムと勝者の心とを、ちゃんと備えているわけなのである。金の紐飾りのついた驃騎兵服が、苦労や反省なんぞみじんも現われていない、若々しい上気した顔に、すばらしく似合っている。顔は金髪の人によくあるように、うす紅く日に焼けている。それでいて、頭髪も口髭も鳶色に見える。これが婦人たちを刺戟する点なのである。右頬の上にある赤い傷痕は、彼の磊落な風貌に、大胆不敵な表情を与えている。それは刀創なのか、または落馬でもしてできたものなのかわからない――が、いずれにしてもみごとなものである。いま彼は神のごとくに踊っている。

 こんな調子で怪物どもに取り囲まれていたので、僕等ははじめから、互いに惹きつけられるような気がした。だから、赤紫の教育家が僕等を隣同士に坐らせてくれた時には、嬉しかった。それ以来、僕等は団結してしまって、共々に教育の基礎を築いたり、毎日、弁当のパンの交易を営んだりした。
 思い出して見れば、彼はしかしもうその時分から虚弱だった。時々かなり長く学校を休まされたが、再び出てくると、いつも彼のこめかみと頬には、平生よりなお明らかに、薄青い脈管が現われていた。かぼそい、浅黒い肌の人に限って、よくあるやつである。彼のはその後もずっと消えなかった。このミュンヘンで再会した時にも、それからあとロオマで逢った時にも、第一番に僕の眼についたのはそれだった。